sugary darling







「それ、食えるのか?」
「は?」

 突然かけられた言葉に、仲謀は我が耳を疑った。
 目の前には、大男の姿。確か、名は翼徳といったはず。
 玄徳の義兄弟のうちの一人で、その勇名は仲謀の耳にも届いていた。
 まるで大きな熊のような男が、食べられるのかと指差しているのは間違いなく自分の頭のあたり。
 何か付いているのかと探ってみるが、そこに食べ物など付いてはいなかった。

「食えるって……何が」
「え? 頭に決まってるだろ」

 敵に背中を見せるなど恥でしかないが、それでもこの時仲謀に他の選択肢は考えられなかった。





 玄徳の下に嫁いだ尚香が初めて里帰りをしてきた。その供は多く、中には芙蓉姫等主要な人物の姿もあり尚香が玄徳軍で厚遇されているかがうかがえた。
 そしてその中に張翼徳の名を見つけた時にはきな臭い匂いを感じたが、いざ本人を目の前にしてみれば、彼がただ単に顔見知りの花に会いに来ただけというのがよくわかった。
 熊のような体をしているのに、その動きは尻尾を振った犬のようで、花の周りを嬉しそうに飛び回っている。
 仲謀としては良い気はしないが、そこは妹の供として来てくれた人物を無碍にも出来ず、なけなしの理性で黙認を決めていた。
 しかしそれは、尚香の里帰り2日目にして早くも危機を迎えていた。

「張翼徳は、人を喰うのか?」
「……はい?」

 翼徳の不思議かつ不気味な質問から逃げた後、偶然自室に来た花に疑問をぶつけてみた。
 当然といえば当然だが、花は何を聞かれたのかわからないような表情で、仲謀を見つめ返した。
 馬鹿な質問をしてしまったと後悔はするが、言ってしまった手前引っ込めるわけにも行かず、事の成り行きを彼女に説明する。
 もっと不思議な顔をされるであろうと予想していたが、花の顔色はどんどん悪くなり、その目は次第に仲謀の方を見ようとはしなくなった。

「……花?」
「は、はい……」
「おまえ、何か知ってるだろ」

 確信を持ってそう言うと、花はしばらく言い訳らしきものを口の中で呟いた後、素直に謝った。
 仲謀が無言で見つめ続けると、彼女は観念したように小さな溜息をつき、重い口を開く。



「……で、何であの仲謀と恋仲になったわけ?」
「うんうん。あいつってさ、なんかツンツンしてんじゃん。花ってああいうのが良かったのか?」

 久しぶりに会った芙蓉姫と翼徳は、興味津々と顔に書いて花に迫る。
 芙蓉姫に笑顔で手招きされた時から、嫌な予感はしていたので覚悟は出来ていたが、いざ他人に恋人との馴れ初めを聞かれると恥ずかしい。

「ああいうのって……」
「確かに顔はいいけどさ、大変そうじゃない? どこが良かったの? 好きになったきっかけって何?」

 矢継ぎ早の芙蓉姫の質問に戸惑いながらも、花は仲謀との思い出を振り返った。
 最初は、彼女達の言うように大変な相手だと思っていた。それが、今では元の世界を捨ててまで選ぶ相手となったのだ。
 そのきっかけは一体何だったのか。思い返すと、ようやくその原点を思い出せた。

「そっか、あの宴の時だ」
「宴?」

 花が酔っ払いの兵士を助けるために、仲謀にぶつかったあの事件の時、初めて彼の優しさと不器用さを知った。
 間違いなく、あの時が仲謀を好きになったきっかけだ。

「えーとね、仲謀が酔っ払ってて兵士の人に絡んでて、私それを助けようとして失敗して、仲謀にお酒をかけちゃったの」
「うわー、命知らずな事するわね。それで?」
「やりすぎちゃって……仲謀、頭からお酒かぶっちゃってて、着替え持ってくるって言ったんだけど濡れたのは頭だって言われて……それで……えーと、どうしたんだったけ……」

 軍議の場ならば、誰かの助けを借りつつも何とか話をまとめて説明する事が出来るが、今は恥ずかしさも手伝って頭の中がひどく混乱していた。
 芙蓉姫にせかされ、仲謀の頭に酒をかけた後の行動を思い出そうとするが、うまくいかない。

「あ、そうだ。替えの頭持ってくるって言っちゃったんだ」
「……替えの頭ぁ?」
「うん。ええと、私の国のお話でパンで出来た頭のヒーロー……ええと、英雄がいて、濡れたら替えることが出来るの。って、そうじゃなくて……」
「ぱん? ぱんって何だ?」

 話がずれ始めたので軌道修正を試みようとしたが、動物の勘で食物を感じ取ったのか、翼徳がパンに興味を示しだした。
 仕方なくパンの説明をするが、それがそもそもの間違いだった。食物だとわかるや否や、翼徳の顔は更に輝き出す。

「甘い? パンって甘いのか?」
「甘くないのもあるけど、そのヒーローはアンパンだから甘くて……って、だから、翼徳さん、そうじゃなくて……」



「……で?」
「ふ、芙蓉姫にはちゃんと説明できたんだけど、翼徳さんはその後もう話を聞いてくれなくて、それで……」
「それで、張翼徳の中では俺の頭はあんぱんで出来ているって事になったのか」

 仲謀の視線に縮こまりながら、花はようやく説明を終えた。
 花の世界は、この世界とは常識が違うとは思っていたが、食べられる顔の英雄がいた事には少なからず驚いた。加えて、自分の顔を食べられると信じ込む翼徳の食い意地も信じ難い事だった。
 しかしそれ以上に、あの宴の時、彼女がそんな事を考えていたのにひどく頭が痛かった。
 あの騒動は、仲謀にとっても彼女を意識した初めての出来事だというのに。
 仲謀は、苛立たしげにアンパンで出来ていると信じられた頭をがりがりとかいた。

「ご、ごめん。翼徳さんにはもう一度ちゃんと説明しとくから」
「……もういい」

 翼徳によだれを垂らして見られるのは嫌だが、花がこれ以上あの大男に構われるのはもっと嫌だった。
 それに、そんな突拍子もない話を信じる輩は誰もいないだろう。
 溜息をついて花を見ると、まだ心配そうな顔をして仲謀を見つめていた。
 めったにない彼女のそんな表情に、不本意ながら仲謀の胸が高鳴った。

「……おいしそうなのは、おまえの方じゃねぇの?」
「な! きゃ……っ」

 腕を伸ばして抱き寄せると、小さな体はいとも簡単に倒れこんできた。
 その時にふわりと香った甘い芳香は、彼女の方こそ齧ればおいしいのではないかと錯覚させる。

「……いただきます」

 にやりと意地悪く言いながら、その熟れた唇を味わった。
 そこはやはり甘い味がした。
 何度も角度を変えながら味わうと、固かった花の体が柔らかく溶けていった。
 こういう時の彼女がひどく美味な事を仲謀はよく知っている。
 日の高いうちからこういった行為をすると花は嫌がることが多いが、今回はきっと許してくれるだろう。
 そう確信しながら、仲謀は更に彼女を味わうべく手を伸ばしたのだった。



 そして、予定の日にちを終えた尚香一行は、再び玄徳の下へと帰っていった。
 最後まで目を輝かせて自分を見ていた翼徳は気になったが、最終的にはそうそう顔を合わす相手ではないので気にしない事に決めた。
 しかし、この時仲謀は大事な事を一つ忘れていたのだ。

「いってぇぇぇぇぇ! な、何しやがる大小!」

 突然髪の毛を引き抜かれ、仲謀は涙目になりながら叫んだ。
 目の前の大喬小喬の手には、彼のものと思われる金髪が何本も絡みついていた。

「えー、だって仲謀の頭は食べられるんでしょー?」
「ちょっとつまみ食いー」

 にやにやと笑いながら、更に手を伸ばそうとする姉妹に後ずさる。
 仲謀はあの時、翼徳に自分の頭は食べ物ではないと説明するなり口止めするなりと手を打たなかった事を、ひどく後悔した。
 突拍子もない話を真に受ける馬鹿はいないが、それをネタに遊ぶ人間は身近に存在したのだから。

「まてーあんぱーん」
「あんぱーん」
「ぱんじゃねぇっ!」







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 仲謀の頭はアンパンではなくメロンパンの方が似合いそうだと思うのです。